2014年5月25日日曜日

さまよえる私の想いども

ツイッター書いてる感じでこっちに書こうと思う。こっちだったらどんどん付け加えられるしな。

2014年5月22日木曜日

quip

Obama honors 'Hawks, quips on Lynch's 'media policy

quip
n.
1. A clever, witty remark often prompted by the occasion.
2. A clever, often sarcastic remark; a gibe. See Synonyms at joke.
3. A petty distinction or objection; a quibble.
4. Something curious or odd.
intr.v. quippedquip·pingquips
To make quips or a quip.

ホームラン打っちゃってます?

このタイトルの下書きがあったのだがなんのことだかわからない。適当に
非常に無責任な感じのちょっとイラッとする人が使っている気がする。年齢的には20代後半まで?チヤラい、ネクタイを緩めたセールスマンとか?

words

Josh Gordon's status creates fantasy conundrum



Conundrum may refer to:
  • riddle whose answer is or involves a pun or unexpected twist
  • logical postulation that evades resolution, an intricate and difficult problem


I also encountered a term "mulled" in Goffman's writing. 

mull
mull 1  (mŭl)
tr.v. mulledmull·ingmulls
To heat and spice (wine, for example).

[Origin unknown.]

mull 2  (mŭl)
v. mulledmull·ingmulls
v.tr.
To go over extensively in the mind; ponder.
v.intr.
To ruminate; ponder: mull over a plan.

[Probably Middle English mollen, mullento moisten, crumble; see moil.]


2014年4月30日水曜日

4/29

自衛隊駐屯所には日の丸が立っていた。僕は、今日が祝日であることにうっすらと思い当たった。そこからかつての天皇記念日であったことに思い至るまでにはまた少し時間がかかった。横目に映る若い自衛官の表情は見えない。彼はどのような想いでこの門を守っているのだろうか
潮干狩りは不成功といってよかった。3年前と同じように、長い堤防の道を渡る。3年前と違うのは家族ときていることと、たくさんの人がそこに集っていたことだ。小さな息子とともに雨の吹きすさぶ浜へ出る。3年前は緑がまばゆい残暑の8月だった。暑さの代わりに雨が降り注いでいる。

できるだけ沖を目指して歩く。岸に近いところは砂利で、誰かが掘った後が遺跡のように卍に似た奇妙な模様を描いている。ここは驚くほど遠浅で、くるぶしに浸るほどの水までの浅瀬が見渡す限り続く。妻のベージュの折りたたみ傘を差した7歳が駆け足で追ってくるのを背中で確かめながら沖合の砂地を目指す。

泥色をした大きな砂地はひとつの潜水艦のようで、手前では小さな子供や祖父母もいるように見える1つの家族が四角い穴を囲んで笑いながら穴を掘っている。この雨の中ではやや奇異にも見える光景だった。一つの穴を掘る。子供が熊手を使う。祖父が笑う。家族が笑う。そこには祖母の姿はないように思えた。

混濁した泥水が流れくる液体に透明になっていく。どこからともなくマーブルのような粒が浮かび上がる。砂利によく似たとりどりの色をしてきれいな格子模様の刻印がついたアサリのようではない。つるんとして色もクリームと焦げ茶のハマグリに似ている。

浜に向かった時点からはすでに30分が経過し、身体が冷えてどうしようもない。幼い子供には過酷すぎる気がする。戦果は網に少数。家に帰って数えたら16だった。

混濁した意識にビールが流れ込む。自衛隊とも日の丸とも関係のない一日でよかった。いつまでも潮干狩りを楽しみにできるような世界だったらいいなと思う。

2014年4月11日金曜日

プリミティヴ

僕は再びサンフランシスコの長いトンネルの前にいる。立体交差に思いを這わせるとき、乳房の生えた羽の胸像のあるパリの街並みが浮かび上がる。疲れる散歩を無理に続けていたいつか。ショーウィンドウの籐の椅子を見て、どうして人間がプリミティヴなデザインに癒やされるかを考えた。例えばざっくりとした麻のセーター。それが例えばワイシャツと異なるのは行為可能性であるという結論に至った。僕は籐の椅子を作る身体運動を想像できる。それが自由を保証し、安らぎとなるのだ。

2014年3月5日水曜日

ソニー

ソニーが御殿山を去るという。新入社員のとき研修を受けた場所、3年目で品川駅前勤務になった際、品川駅から山手線の裏側を取って五反田に何度も往復した道、そして6年目に修士号を取ってから1年半勤めていた離れのような小さなビル。退職する際だろうか、心もとない気持ちを抱きながら下った本社ビルの裏側のアスファルトの駐車場。肌寒さと柿の木が思い出の中にある。そういったビル群の最後が他社の手にわたる。もちろん、その時に戻ることはどの道できないのだが、そこがソニーのものでなくなることが、なにか、家を失った子供のような気持ちにさせる。