2014年6月29日日曜日

6/29

電池の残る限りこちらでつぶやくか。ほとんどないが。
今日は甲子園のキッザニアにいってきた。子供が「職業体験」できる、という場所だ。面白いけど高い。人がいないときにいったら面白いだろう。三井銀行やらANAやらSEIKOやら本物の企業が出典している。

freakish me

多様性をつきつめるとfreaksという概念に行き当たると思うのだがその連続性がまだつかめない。

「ふつう」と思っている自分が「ふつう」であることを疑うのはまずまっとうな第一歩に思える。

自分で自分が「狂っている」と思えたときがある。意外にみんな「ふつう」ではないのかもしれない。

freakな内なるものを抱えて、それを外に見せないようにしている力は社会的規範で、その力が具体的にどのように働いているかは検証の必要があるが、ひとつは自主的に「ふつう」の概念を共有し、「ふつう」なところを出して、「ふつう」でないところを出さない、という自主規制だろう。

フリークさは近くに寄らないとわからない、ということは多い。特定の人と近しくなってはじめてその人の異様さに気づくことというのはある。そのときには往々にしてすでにその人の磁場にはまってしまっていて抜き差しならないことになっていることもある。

ところでアメフトでfreakという必ずいい意味だ。beast, animal, monster, freak すべていい意味なのである。

日本語でも、野球選手に対して「怪物」は必ずいい意味だ。

2014年6月28日土曜日

6/27

LOEWEの革は美しい。しっとりとしたマットな光沢。いくつかを試してみたが着るよりも見て触っている方がやや楽しい。詳細は思い出せない。黒はやはりいいし、こげ茶もいい。緑の革もあったがシャレていていいなと思う。

その店は、いくつもの異なる会社の製品を取り扱っている店で女性物が主なのだが、聞けば男性ものもあるということで右の奥の壁のLOEWEから時計と逆回りに長方形の店内を歩く。あとは想い出せない。ジバンシーが悪くないなと思ったのだったかもしれない。男性物がおいていない企業もある。左奥の壁の手前にあるKENZOの小物を見ていると、「男性物は壁側です」と指摘を受ける。KENZOで一番気に入ったのは、落書きのような顔の下に、カタカナで「ケンゾー!」と書かれたTシャツだ。

BALLYが好きだ。2週間前、三田のアウトレットにいったときに、以下のようにtweetした。

ラバーのような白い素材にヒマワリの蛍光のプリントのワンピース、ただ花びらがオレンジなのだ。


LOEWEの革は美しい。しっとりとしたマットな光沢。いくつかを試してみたが着るよりも見て触っ

バス停で遠くから見た女性の衣装だ。きっとラバーではないのだと思う。プリントがひまわりというのもあやあしい。ただ、一日中、素材に触ったり見たりしていたそんな風に自分の頭の中で組み上げた。

段組みがおかしくなっているので新しい投稿にする。というかここで中断する。

2014年6月26日木曜日

夢27

林君の夢を見た。脈絡がなく、記憶も曖昧なのだが、彼が誰かの家にいて、私は自転車で旅行中で、その家で待っている。パーティがあるとかで。夢の最後の方になるとたくさんの人が部屋に入ってくる。その中には、外国人の二人組がいる。今思えば、前の一人はウルバリンの俳優にも似ている。でもその表情は線画のようで、日本人といってもおかしくない。髪型はおにぎりのようだ。散切り頭とでもいうのだろうか。外国人、ロシア人であるはずだ。旧友なのだが、友達というほど親しくはなかったが、好印象を持っていた同僚という感じだろう。後ろの人はわからない。

昨日の朝、秋元先生の授業でティファニーで朝食をの「ユニオシ」というキャラクターの話がでて、それを日本人が演じているという話を聞いたからか。

ソニーの寮にいるとき、ドイツ人が研修に来ていた。ドイツ人というのは屈強というイメージをもっていたがそいつはなよなよとした感じだった。広いホールで立ち話をしながら、ドイツでは、Mercedes > BMW > Audi > VW という明確なランクがある、という話を聞き、今でもそれを信じている。

それからどのようにつながるのかは定かではないが、スーパーマーケットの遠くに浮かぶ川沿いの道を自転車で走っている。橋がある。向きは左向きだ。自分が自分の視界の中を左向きに走っている。初めてきた町で新鮮な気持ちである。

2014年6月25日水曜日

メタファー メモ3

文脈/状況 設定のない、グローバルな設定の意味論にはメタファーは無理。


設定
ーーーー
状況

の非対称性


状況を裏切り、設定を持ち込む


連想的
ーーーーー    (オオカミの例)
物理的


知覚
ーーーー    (これでもいける?)
概念 


ひとつのものに違うものを持ち込み、それを共有できる状況であれば常に可能

連想、異なる視点、設定=潜在的な解釈、作られた身体的設定 deep & shared meaning あるある。



理由を述べること

理由を挙げること。謝罪の際に、理由を挙げるのは日本人的には(私としては)やや違和感がある。

一方、お願いする際(例えば、欠席するとか、仕事を代わってもらうとか)には、理由を述べることは、必須に思う。それは、そのお願いが大きければ、説明の詳細さも従って深くなるように思う。

これは個人の感覚であって、人によって差はあろうが。


2014年6月24日火曜日

夢26

 数日前、夢を見た。母が僕に洗濯物を押し付けている。その中には、よく見るとよれよれになった靴下や土のようになったものまである。汚物がついているようなものまである。母やどうもきちんと整理するように言っているらしいが、それらは部屋中に散らばっており、それをその状態で押し付けられることで混乱が助長されているように思える。というか、なんやねん、これ、という感じ。もう押し売りはやめて、という感じ。ともかく、一人になって整理したいから、一からやり直すから、という感じ。そういえばそういう気持ちになることは多くあったのだろうと思う。
 うちの実家の地域には、北を背にして神社があった。小さな神社だったが、長い階段を上った先にあってそこから見える景色はよかった。ある夏の午後、僕は息子とその階段を登って行った。ハンミョウがいた。それは魔法的なもので、なぜかというと、僕はそこで斑猫を一度だけしか見たことがないからだ。小学4年生か5年生の頃。夏休みの宿題に倦んで重い気持ちでベージュの砂地の境内で石けりをしていたとき。斑猫を始めてみた。ホログラムのような赤と緑。アブのような地を這うように飛び急に着地する独特の飛翔。近づけば離れて着地し、また近づけば離れて着地する別名「ミチオシエ」。その時一度見た切りの美しい甲虫が、アメリカから来た幼少の息子と神社にいったときには群生のように飛び交っていた....
 雲が書き曇り、雨が降り出した。父が二人のために傘を持ってきてくれた。その父は、階段の下に小さく小さなヒト型として映像の中に映っている。その映像を息子も覚えている。