2013年8月7日水曜日

ズーグマ&中島美嘉&amazarashi

http://www.youtube.com/watch?v=ZH-amYi7_o4 (short ver だと感動が伝わらないのだけれど)

僕が死のうと思ったのは 靴紐が解けたから
結びなおすのは苦手なんだよ 人との繋がりもまた然り



中島美嘉、明るくなったな。

追記:秋田ひろむという人の歌詞らしい。

「傷ついて笑うのは金輪際もうやめにしよう」(amazarashi 『少年少女』)

「『amazarashiは負け組の歌だって親父に言われた』という手紙をもらいました。わいは、そのとき、なんか敵が見つかったという気がして。これからも、そういうもんに抗う歌をやっていきたいです。負け組なんて、言わせないから。」

「雨晒し」という名前自体がそうだ。だれも助けてくれなくってほおって置かれた失われた10年、いや20年の若者の痛みを真摯に表示したレッテルだ。傷ついて、でも笑っていない。そしてその「ジュブナイル」な感性はこの状況が自然発生してそこにあるのではなく、それを意図的に放置して作った「敵」がいることに気づいた。

しかし「敵」はもっと狡猾だ。失われた20年を口実にさらなる権力基盤の構築を着々と進めているからね。気をつけて。


右のポッケにゃ夢がある、左のポッケにゃチュウインガム


これもズーグマだな。

8月6日

 何度も、何度も、何度も、というフレーズが繰り返している。頭の中では中島美嘉が歌っているが、本当はそうではないはずだ。

 いつもの白と褪せたオレンジ色の鉄の機械に乗って深い緑の中を通り抜けて懐かしい街へ向かう。You gotta keep people guessing and wondering. 夕方降っていた雨は戻りの時には鮮やかなみかん色の情景に変わっていたはずだ。

 経を読んでいた。何度も繰り返すフレーズがラップに聞こえてきた。Shirley Ho, go crack oak dough. 配列の悪い古い黒いのと同じ型式を買うのが嫌だったので大きい銀のノート型にしたのだが、そうするとお気に入りの皮のバックパックに入らなくなり新しいショルダーを購入した。それがどうも馴染まない。重い、金具が肩に当たる、うまく背に固定できない。出発前にそんなことを考えていた。どちらもジッパーのついたポケットの中に印鑑3つと朱肉と3つの鍵を入れていた。

 父の病状を聞く。眼鏡をかけた医師はもごもごとした話し方をする気の良さそうな人だ。1年前と変わりない。ただ、身体能力も認知能力も1年なりに落ちてきている。倒れたと聞いたのでそのことで呼ばれたと思ったのですが1年毎の面談ですか。8月は夏休みでいろいろな人が動くので都合がいい時期かと思って。倒れたということを医師は重視していないみたいなのだ。MRをしたが(確かそう聞こえた)どこにも異常はない。予防法もない。すべてなすがままに。神の御心のままに。

 父と昼食するには雨足が速い。書類をもらいに聖十字病院にいく。電話をかけ、13時の予約を昼休み前に変更してもらう。丁寧な女性の声で大丈夫ですよ、と。

 藍色のアスファルトに白い線画のように雨が筆を重ねる。右に降りる道は確か子どもの頃、家族のドライブでよく通った道だ。もちろん、この道は何度も、何度も通った。2年前に。

 病院で書類をもらい、中を一周させてもらう。感慨はない。初めてきたのは夏だったなぁ。高い空の駐車場から大きな粒の玉砂利踏んで。

 思い出深いうどん屋で昼食を取る。作業員たちや家族連れで混んでいる。ぶっかけうどん。野菜かき揚げ。まいたけの天麩羅(串)。しかし、串という漢字はふざけた漢字だな。外国人が見たら笑うだろうな。カボチャの天麩羅。蓮根の天麩羅。ピーマンの天麩羅。さつまいもの天麩羅。うなたま丼(小)。いいんだ、今日は好きなだけ食べようと思ってたし。朝、そんなに食べてないから。しかし、なんで食べることで記憶に留めようとするのだろう。父も食は細くないって言ってたな。遺伝だな。それだけは大丈夫ですね、僕は父の顔を見た後、医者に愛想笑いを向けた。

 夕べあんまり寝てなかったので気がついたのはもう鶴橋だった。夕闇迫る空は晴れ渡っていた。美しい川をあまり見ることができなかったのは残念だった。

アメフトの記事から勉強する英文解釈(とメタファー)。

Darrius Heyward-Bey has encountered a road block in his quest for a starting job with the Indianapolis Colts.



a road block  【名詞】【可算名詞】1(軍用の)道路防塞(ぼうさい); (通行規制・検問用の)バリケード.2障害

路上障害物とかの表示もあるけどまあ、ぴったりの言葉はないわけだが。
この言葉が本物のroad上の本物のblockでないことはどのようにわかるのか。
というのがメタファーだね。

概訳 コルツ軍の先発の目指すダリウス・ヘイワード=ベイ選手に障害が立ちはだかった。



Coltscoach Chuck Pagano is a big fan of Hilton, an Around The League "Making The Leap" nominee, calling the second-year pro a "freak" last week.

ここで指摘してきたいのはfreak. 普通は、悪い意味になるのに、「コーチはヒルトン選手のことを「化け物」と評した」ではいい意味になる。これは、

(1) a. I'ma beast!
    b. He's a different animal.

動物メタファーは通常、軽蔑の意味に使用されやすいが、(1)ようにアメフト選手が動物に喩えられるとすげぇ!の意味になるのと連続的である。

概訳 コルツのチャック・パガノ監督は2年目のヒルトン選手を高く評価しており、「あいつは化け物だ」と述べている。

2013年7月14日日曜日

フレーム&タルミ―の類型論

乱雑に重なったファイルの上を
豆を煎ったスチーマーの蓋が
ソリ遊びのように滑り落ちていく


ほらね、「重なる」で複数のファイルを想起するでしょ。
通常、「重なる」が成立するためには複数の要素が必要だから、これが前提。前提はフレーム。

それから、「滑り落ちる」は英語のslide downと対応していますね。この用例でmannerが滑るに入っていて、pathが外に出ているのはTalmyの類型に反してますかね。日本語でも意外に多いんじゃないですかね、このパターン。

意味論

 「お供え」と書いて「仏壇」と出るシステム、それがフレームで、フレーム意味論は今や常識的になったが、それが発想される前の素性意味論はいわばソシュールの記号論的意味論だな。ここで考えなければならないのは

素性意味論はカテゴリー論的だけど、語と語の関係性を規定するソシュールの記号論とどのように関連するのか。

カテゴリー的すなわち、パラダイム的意味論と、フレーム的、すなわちシンタグム的意味論は共存するべきだろうからどのように協業させるのか。

パラダイム的意味論は類義語や反義語の研究から

シンタグム的意味論はフレーム(領域)の研究から

できるんだろうけど、シンタグム的意味論(フレーム)を明らかにする方法論が意外に確定していなんだよね。

九州から

 漫才コンビに指導している夢を見た。非対称性でいこう、といっている。アンガールズの山根とペナルティのワッキーがコンビになっている。山根の方が話しやすいのか、ワッキーがなにかの理由でいなくて、山根は紫、相方は緑を基調にした衣装にしたらどうか、と机やイスが並ぶ教室のようなところだ。
 森田拳次という人の展覧会を見てきた。能古島でのことだ。満州から引き上げた漫画家の会の作品集だという。葫蘆(コロ)島からの出発。夕陽。今、僕の中でANAで見た富士の文化遺産を讃えるイメージビデオにすりかわっている。博物館は坂の上にあった。草の中をモルタルで固めた道を上っていくのは串本の夏休みを想起させた。ほんの近くの小さな島でも、そこが海で区切られていることを知っているから遠くへきたような気になる。森田拳次は「丸出ダメ夫」「ロボコン」の作者だという。久しぶりに聞いた名前だ。
 いただいたお土産を早朝、仏前に置いて鈴を打つ。お供えのご飯の底の青カビが黒くなるほど繁殖している。こんなの食べたら、おばあちゃん死んじゃうじゃないか、と家人を咎めようかと思ったが、すでにおばあちゃんは死んでいるのだった。

2013年7月10日水曜日

帰宅

 名神沿いの墓地の横に、マイクロバスが停まっている。ここはよくタクシーや営業車が休憩に使っているのだ。夕暮れ時に似合うオレンジ色の車内灯の中で、光に照らされた運転手がこちらを見る。私も目を離さない。「馬淵教室」とあるパステルカラーのロゴの中のその初老の男は目を落とし、再び弁当のハシを動かし始める。

 我が家の上空には三つのオレンジ色の光が夕闇空に星条旗のように光りながら小さくなっていく。エイのような形状を想起しスティルスのイメージが浮かぶ。