2012年10月30日火曜日

青い泡

に潜むセミエビ
ゆいモノレール旭橋 の近くに投宿。
「やんばるくいな」という(ベタな名前の)店で夕食を食べ(おいしかったです!)妻がマッサージし子供がUNOをしている間に2件梯子。ほろ酔い(というか泥酔)状態で取った生簀のセミエビ。

この日、家族と離れて2軒目にいった店では会社の懇親会のようなグループが座敷に、なじみのような客がカウンターにいた。カウンターの客はちょっと離れたかと思うと店主に泡盛を何種類かもらっていた。店にだしちゃいかんよ、はい、自分で楽しみます、といったやりとりをしていた。その後、青いドレスを着た女性が入ってきてカウンターに座った。なじみのような客に台湾から来たというその女性を紹介していた。見るからに花のある女性で、歌手とかホステスとかそんな感じの女性だったのだ。僕はそういったものを横目で見ながら泡盛のお湯割りをちびちびやっていたわけだ。青い泡の中のセミエビ、青いドレスの中の女。

2012年10月23日火曜日

虎目石

7ヶ月前にオフィスの引っ越しをして、2ヶ月くらい前にその石が見つからなかった。捨ててしまった、と思った。当時は何もかも捨てることを考えていた。いや、持ち物の話であるが。そして、夏になる前、その石が見つからなかった。大変な事をしてしまったと思った。僕はその石がどのように入手されたかを覚えている。それは多分僕が幼稚園のときで家族は大阪から名古屋の近郊の街に引っ越して戻ってきたのだった時だったと思う。仲人の人のところへ挨拶にいったのだった。たしか「へいし」さんといったと思う。今、ネットで調べると「瓶子」か「幣司」かだろうか。夕食をご馳走になって楽しいひとときをすごした。その帰りに、石が趣味のへいしさんは父にどれでも好きな石を持っていきなさいといったのだ。うちの父はこの石を選んだ。一番小さいのを選んだのだ。遠慮したのだろうと思う。どれでもいいんだよ、とへいしさんはいった。これなんかどうだ。子供心に、もっと大きいのを選べばいいのに、と僕は思った。家に帰った。父は特段喜ぶでもなく、その石は長い間タンスの上に置かれていた。僕はこの石の色は嫌いではなかった。そして楽しかったひとときの想い出とつなぐ結び目になっていた。
 実家をたたむのに近い形になり、僕はこの石を自分の仕事場に持ってきた。この石が自分のものになる、それは悪い気はしなかった。別に誰も所有権を主張していたわけではなかったが、自分のものと考えるとそれは喜ばしい気がした。オフィスの引っ越しをする際、それはなんの価値もない重いだけの邪魔者に思えた。2ヶ月前、それがなかったとき、僕は大変なことをしてしまったと思った。その石がなければ、あの幼稚園の時の楽しい帰りの夜と今の僕をつなぐものがなくなってしまう。どれだけ記憶に残っていてもその石の詳細は思い出せない。あの石の色、形、重み、肌触りが永遠に私の手からすり抜けてしまう。
 その石が今日見つかった。雑多に置かれた段ボールの中に入っていた。多分これを僕は自宅に持っていくだろう。妻が捨てさえしなければ息子にこれは大事な石なんだよと教えてあげるだろう。大きくなったら君にあげるよ。この石の意味を息子はいつかわかるときがくるだろうか。それまでこの石は息子の近くに居続けることができるだろうか。

この石の名前が知りたいと思い、ネットを探した。下の写真は虎目石という石である。写真で見ると右のものは黄色の色目が違うが、色にはかなり幅があるようだ。虎目石だといいな。そういえば、「へいしさん」は確かに、これは珍しい石でね、といった。とらめいし、と言ったような記憶が芽生えてきた、ともかく、子供にもわかるちょっと素敵な名前だったのである。












ちょっと前になりますが。

これ、面白かったです。

http://www.jpa2012.net/program/pdf/p011-045.pdf
WS057

日時:9月12日(水)10:00~12:00
部屋:10310 (専修大学 生田キャンパス;小田急線「向ケ丘遊園駅」が最寄り)
テーマ:「語用論の発達と神経基盤を探る(2)」

企画趣旨:
語用論とは“われわれ人間が,他人の言うことを聞いてその話し手が伝えたいと
思っている意味を理解できるのはどうしてか”を研究 する学問と考えられている
(Wilson & Wharton, 2009)。特に,話し手が文字通りの意味とは異なる意味を伝
えたいと思っている場合には,文脈情報を手掛かりとしてその意味を推測する必
要 がある。また,必ずしも話し手が伝えたいと明確に思っていなくても,聞き
手は文脈情報やプロソディ情報などを手掛かりとして意味を構成す ると考えら
れている。このワークショップでは,文字通りの意味ではない意味の理解のプロ
セスで脳がどのように活動しているのか,それはどのように発達して いくの
か,またその活動部位が障害をうけるとどのような影響がでるのかについて神経
科学の視点および発 達研究の視点から考察を深めていきたい。具体的には,比
喩,皮肉,嘘,ユーモア理解の神経基盤に関して話題提供と討論を行っていく。

司会:
・ 松井 智子 (東京学芸大学)

話題提供者:
・ 柴田 みどり (北海道大学) 「比喩、アイロニー理解に関与する神経基盤」
・ 阿部 修士 (京都大学) 「嘘を理解する脳のメカニズム」
・ 中村 太戯留 (慶應義塾大学) 「ユーモア理解における扁桃体の役割」

指定討論者:
・ 内山 仁志 (国際医療福祉大学)
・ 内海 彰 (電気通信大学)

ニュース記事から。 「スピード違反だけに」


今週のグランプリは文春の「キムタク捕まる」という記事。
 捕まったというのはやや大げさだが、昨年9月29日に「千葉県内の千葉東金道路で四十キロ未満のスピード違反により県警高速道路交通警察隊の取り締まりを受けた」という。同乗していたのは愛人ではなく妻の工藤静香(残念!)で、九十九里浜でサーフィンをやるためのドライブ途中だった。
 ちなみにキムタクのクルマはシボレーアストロ。米国製のミニバンタイプで、後部のドアからサーフボードを収容できる。すでに2005年で生産は終わっているが人気は高いという。
 間の悪いことに、あのトヨタが国内需要の掘り起こしのために制作費数億円をかけたCMにキムタクが起用され、その大キャンペーンの始まる2週間前のことだったというのだ。
 トヨタも頭を抱えたのではないか。
「CMでは安全運転に徹するキムタクだが、じつは当人がキャンペーン開始の約二週間前に交通違反をしておきながら、『運転する楽しさ』などと言っていたら、視聴者はどう思うだろう」(文春)

 しかし、この「事件」は報道されることもなく、3本のCMは無事放送されるのだ。
 そこには大トヨタから報道機関への圧力はなかったのだろうか。
 トヨタ自動車広報部は今回の取材に対して、違反があった事実はすぐ後、代理店を通じて連絡があり、「代理店を通して今後の交通ルールの遵守を強くお願いしておきました」と答えている。
 ジャニーズ事務所は文春が取材に動いた時点で、違反があったことを認めて謝罪している。
 キムタクはTBS開局60周年記念ドラマ『南極大陸』が惨敗し、今度コケれば後はないといわれているそうだ。文春はこう結んでいる。
「人気回復を焦ってアクセルを吹かしすぎたのか」
 この締めのうまさも含めて今週のグランプリである。
(文=元木昌彦)

「へこむ」からの拡張

そして相互行為

Joe Grady 講演会(関西)のお知らせ


Dr. Joseph Grady 講演会

講演者:Joseph Grady (Cultural Logic)
講演題:Primary Metaphors
日時:2012年11月13日 17:15-19:00
場所:神戸大学人文学研究科A棟1F学生ホール
使用言語:英語

アクセス(以下の地図の23):http://www.kobe-u.ac.jp/guid/access/rokko/rokkodai-dai2.html

修了後に懇親会を開く予定です。参加する方は、松本曜先生まで御連絡下さい。


Joseph Grady, Ph.D. is a cognitive linguist whose academic research and publications have focused on the ways in which understanding and communication are shaped by universal metaphorical patterns. Before founding Cultural Logic, Grady taught linguistics at Georgetown University and the University of Maryland. He received his Ph.D.in 1997 from the University of California at Berkeley. His dissertation "Foundations of Meaning: Primary Metaphors and Primary Scenes" introduced the concept of "primary metaphors", which was adopted by George Lakoff and Mark Johnson in Philosophy In The Flesh (1999).

なお、11月10日の英語学会でワークショップがあります。また、11月9日は東京農工大学でシンポジウムがあると思います。後者の詳細は、篠原和子先生にご確認下さい。

こんな風な思考回路。generalization and precision

さっきの話だが、ももいろクローバーZのことを考えていて、Killer Queenのことを考えると、一般化が生まれる。両者には歌手という共通性があるから比較しても当然かもしれないが、作品作りという一般化や有名になるというレベルで一般化できるかもしれない。

こういった一般化のプロセスには

構造的対応
比較
既存のカテゴリー

などが関わっている。

というのが現在の心理学的メタファー研究/アナロジー研究だと思うけど、まあ、使えるものはつかっていいんじゃない?

むしろ、カテゴリー化に比較や構造的対応関係がどのように関わっているか、


カテゴリー化と抽象化の違いは何か

といった話が重要になる気がする。


ところで、Generalizationはパワーだと感じる。

一般化、抽象化すると、個別事例にはない予測性が発生する。そして、比較や構造的比較に使用された二者以上の成員(カテゴリー的考え方)なり、個別事例(一般化、抽象化の考え方)の振る舞いを予測したり、それを期待したり、あるいはそれを押しつける「力」が発生する。だから、一般化・抽象化は力だと感じる。


一般化というとき、僕は工業生産モデルを併用している。たくさんの機械で同じ顔をしたものを千、3000、1万、10万と大量に作る(3000を特に記入したのは、ソニーに勤めていたとき、「どんな複雑なものでも3000売れるものを作ればもとはとれる=その変動費は無視可能になり、それにかけた固定費は回収できる」と考えたからだ)。輝く鋼鉄の装置によって千、万、十万のものが同じ形に切られていく。大量生産だから精度が上がる。精度は神であり力である。そう、量が増えると精度が上がるという一見反対に見える性質が重要である。

経験も同じだ。場数を踏めばうまくなる。そして綺麗になる。

大量生産というのがむしろ、人間の経験のモデルを原点にしたメタファーといえるかもしれない。


killer queen

Queen の Killer Queenという曲が頭に浮かんだ。ハンティング。エキサイティングなのは狩猟メタファーなんだろう。(さきほどの夢の話の続きなんだろう)

狩猟がエキサイティングなのは、重要な人間の営みとしての何かを狙うこと一般の原点となっているからだろう。


さっきのももいろクローバーZとの関係で考えた。グループ名と楽曲名が重なっている。自分達の出自を表すようなストーリーを組み込んだ歌というのはわかりやすくていい。自分のことを書きなさい、という最初の小説に関するアドバイスをどこかで聞いたけど、その人やグループの世界やスタイルが作られる基本的要素が含まれているから、つまり、雰囲気、色、匂いが含まれているから、理解しやすいんだろうな。


恐竜と山猫に襲われる夢

久しぶりに悪夢を見た。最初は恐竜に襲われる夢で、途中でその恐竜は猛獣に変わっている。僕は誰かを守っている。猛獣はライオンや虎ではないが、猫ではない、ジャガーかチータ、カリフォルニアのサクラメントでよく出ると言われていたマウンテンライオンかもしれない。武器は細い枝しかない。それが折れる。火でもたいてあればよかったが。数匹が来ていて数は増えてくるようだ。

絶対絶命だね。目が覚めてよかった。

数日前にコブラの毒で人間の血を固める映像を紹介されて見た。コブラの牙は細く透明で長い。ああ、これが刺さったらブスっと奥まではいって抜けないだろうな、と思われるもの。

そして、昨日のアメフトの試合を振り返っていて思い出した。そうか対戦相手はJaguarsだった。

前山田くん

私立恵比寿中学→ももいろクローバーZと見て、コミカルな動きはつんくっぽいなと思いながら作詞作曲の前山田健一を調べたらこの人が京都大学人間環境学部と判明w ええっ誰ゼミ?w いい人材を出してますねw

ヒャダインおもしろすぎ

追加追加w






きっと、頭の中に音楽がすごく構造化されてるんだろうな。

昔、大阪ガスの部長さんで天才肌の物理博士が、「テニスの物理的構造と相互作用はすべてわかる、何がどうなってどこに飛んでいくのかはすべてわかる。ただ、体がついていかないだけだ」と言っていたのが興味深かった。何かに精通することによって他の人には見えないことが見えるようになり、異なる構造で思考するようになり、それが他の人にはできない形の運動や音楽として表出する「技」というもの。習慣とそれを通してなにかに「なる」ということはすばらしい事だと思う。

2012年10月22日月曜日

Gangnam Style

1.Gangnam Style1052 up191 down
1. A Korean song written by Korean singer Psy.

2. "Gangnam" means "south(nam) of the river(gang)" in Korean. In this song, the "river(gang)" is the Han River, which penetrates the City of Seoul, capital of South Korea. The northern part of Seoul(gangbuk) has been the capital of Korea since the early 15th century. Development of Gangnam and expansion of Seoul started in 1970s. Gangnam is the icon of the rapid economic development of South Korea in 1970s and 80s. Mostly benefited from skyrocketing real estate price followed by planned economic development, Gangnam has become the most wealthy area in the entire South Korea. "Gangnam" is being regarded as the place where people are rich, girls are pretty and everything is supposed to be cool.

http://www.nfl.com/videos/nfl-videos/0ap1000000083238/The-NFL-gets-down-Gangnam-style

アメフト関係で結構でてくると思ったが、ここまで流行ってるとは。Gangnamとは、河南で、上のUrban dictionaryによれば、ソウルの南の新興地域の成金ぶりのスタイルを言うらしい。類義語はswag.

この歌がどうして流行ったかわからないが、アメフト選手のセレブレーションダンスにまで使われてるわけだ。



2012年10月20日土曜日

金木犀

の季節がきた。松本研究会の前の阪大の様子。

昨日の夜、研究棟の裏の扉を開けたとき、女性の通った後の香水の匂いかと思っていた。
金木犀の季節はもっと前だったと思っていた。4月、9月、10月。

僕が28歳で鎌倉を歩いていたとき金木犀の香りがしていた。甥子が隠れた銀杏につながる瀟洒な街並みの白壁の間を、その香りは漂っていた。その間を彷徨したひとときの芳醇さは1時間半待たされた待ち合わせを埋め合わせるにあまりある時間だったように思う。

金木犀は僕が小学校に入った記念に植えてもらった特別な木。実家に一人立つあの木にも柔らかなオレンジ色のかわいい花が芳香を漂わせているのだろうか。

2012年10月18日木曜日

物語講座

http://es.isis.ne.jp/topics/?p=3435
秋の夜長、物語編集力の現代的な意義、BigDataの洪水と物語編集、
SNSにおける物語力、認知言語学など多軸多彩な領域をまたぎ、夜更
けまで、熱く語り合いました。」

松岡正剛さんが認知言語学について何を語ったのだろうか。ちょっと気になる。w

2012年10月17日水曜日

雑感

おいしすぎて太るのでお赤飯は封印。

最近、twitterでつぶやいているが、結構難しいなこれ。
原発の話をしてたら、原発の仙台や福島の人のtwitterのアカウントを発見して、読んでると
自分の言葉がむなしくなる。
かといって、福島まではいけないんだよ。
なんか、昔感じてた、アフリカの飢えた子供をどうするか、みたいな
問題に対する無力感に似てきた。
このアナロジーですら一部の人には差しさわりがあるのだろうな。

できることだけやろう。
原発には反対しよう。
原発反対を明言する候補にだけ投票しよう。

80.25. 健康診断だったので朝食抜きでテニスしてこれ。
ああ、ドルのように下がってほしい。
いや、このアナロジーすら一部の人に差し障りあるんだろうな。
じゃあ、ドル、僕の体重のように上がれ。
あれ... ちょっと違うや....


2012年10月16日火曜日

This is...

文明の利器。リキ。力。I had a lettuce sitting in my fridge and washed it and started to eat. At the bottom of the dish you see 1cm deep water. What should I do....... Then I realized I have my spinner sitting around in my office for about half a year doing nothing.  This is the time for you to shine, my dear! And this is the power of the cultural artifact.

2012年10月7日日曜日

言語の理論

安井稔を手にしている。昨年の日本英語学会でいただいたサインの入った『言外の意味(上)』である。私はこの『言外の意味』を所有していた。どこかで失ってしまった。名著であると思っている。今でも授業の中で「君、この魚はうまいねぇ」の用例をたまに使用する。私見によれば、本書の主眼はこの用例に集約される。off the top of my head, 内容を記述してみる。

英語学の宴会で、十数人が卓を囲んでいる。中堅どころの二人が論争を始める。その座の中心の大御所の先生が、誰にいうでもなくポツリと「君、この魚はうまいねぇ」という。二人は論争をやめない。少しして、先ほどの先生が再び、今度はさっきより大きな声で「君、この魚はうまいねぇ」と告げる。二人はその先生の言葉にその意図を気づき、論争をやめる。

といった話だったと思う。「魚」ではなく、「刺身」だったかもしれない。ここでの問いは、

「君、この魚はうまいねぇ」は「君たち、喧嘩はやめなさい」を意味するのかどうか

ということだと思う。

簡単に結論からいえば、発話の意味(speaker's meaning)としてはyesだが、文の意味としてはnoである、ということになろう。だから「言外の」意味の本なのだ、この書は*1。

9/8の認知言語学会の際に、開拓社さんのブースに立ち寄るとこの本が置かれていた。(下)を買うところだがまだ、(上)を読んで(読み返して)いない。そんなことを言い訳にして購入しなかった。11月にまた英語学会がある。そのときには安井先生はたぶんいらっしゃるだろう。そのときに(下)を購入しまたサインをいただけるようにそれまでに(上)を読んでしまおう。なんなら質問でもしてしまおう。

(なんなら、なんて、自由度が出ていい言葉だ。ジョークについて最近時々考えているが、「まず」とか「少なくとも」とか「とりあえず」とか、複数の中のひとつを(適当に!)選ぶ用語が出てくることに目を引かれた。)

この本を手にとっていて、ひとつの考えが生まれた。僕が言語について考えていることを体系的に書きとめておきたいという考えである。具体的な構想はそのとき降りてきたのだがすでに忘れてしまった。うまくいけばまた思い出すだろう。これは長くなるかも。


*1 いわずもがなの解説を加える。
発話の意味と文の意味を分ける。私は発話の意味を研究する。これはJohn PerryやFrancois Recanati や Tomasello の示唆する合致した方向であることはいつぞや(多分2007に)書いた。だからそれが私にとっての唯一の意味である。またはそのような作業仮説で考えている。ところが、安井稔は(当時、そして多分今でも)文の意味にこだわる。だから、意味が「言内」の意味と「言外」の意味に分離する。

言内の意味=意味論
言外の意味=語用論=cricketの考える意味





つぶやき

最近、ぼやきの主戦場がtwitterに変わってきている。
ところでぼやき、ってなんて英語でいうんだろう。

Complain

  1. 名詞
    1. 1. gripe
  2. 動詞
    1. 1. complain
    1. 2. grumble


iGoogleで調べるとこのようであった。このgrumbleって感じ、ぶつくさいってる感じでてるよね。

boyaku
butsukusa
grumble

twit
tsubuyaku

ああ、「つぶやく」と「ぼやく」の音が、最初の「つ」を除いてほぼ一緒だ。「つ」の音にさえずり感がでているんだろう。

♪小鳥はとっても歌が好き
かあさん呼ぶのも歌で呼ぶ
ピピピピピチチチチチ ピチクリピイ 

そういえば、ドリトル先生の助けた?小鳥はピピネラとツインクだった。PipinellaとTwink か 小学生のとき飼った小鳥にその名前をつけた(胡錦鳥だったかな、高花平で鳥を趣味でたくさん飼っている人のところへいって買ってきた。今思えば、文鳥、インコ、カナリアとかちゃんとした鳥にしとけばよかったのになんでかな。)長いしうるさいので母はピーツクさん、と二個一で略して呼んでいた。

ピとツ

さえずりの普遍的音象徴である。