2012年10月7日日曜日

言語の理論

安井稔を手にしている。昨年の日本英語学会でいただいたサインの入った『言外の意味(上)』である。私はこの『言外の意味』を所有していた。どこかで失ってしまった。名著であると思っている。今でも授業の中で「君、この魚はうまいねぇ」の用例をたまに使用する。私見によれば、本書の主眼はこの用例に集約される。off the top of my head, 内容を記述してみる。

英語学の宴会で、十数人が卓を囲んでいる。中堅どころの二人が論争を始める。その座の中心の大御所の先生が、誰にいうでもなくポツリと「君、この魚はうまいねぇ」という。二人は論争をやめない。少しして、先ほどの先生が再び、今度はさっきより大きな声で「君、この魚はうまいねぇ」と告げる。二人はその先生の言葉にその意図を気づき、論争をやめる。

といった話だったと思う。「魚」ではなく、「刺身」だったかもしれない。ここでの問いは、

「君、この魚はうまいねぇ」は「君たち、喧嘩はやめなさい」を意味するのかどうか

ということだと思う。

簡単に結論からいえば、発話の意味(speaker's meaning)としてはyesだが、文の意味としてはnoである、ということになろう。だから「言外の」意味の本なのだ、この書は*1。

9/8の認知言語学会の際に、開拓社さんのブースに立ち寄るとこの本が置かれていた。(下)を買うところだがまだ、(上)を読んで(読み返して)いない。そんなことを言い訳にして購入しなかった。11月にまた英語学会がある。そのときには安井先生はたぶんいらっしゃるだろう。そのときに(下)を購入しまたサインをいただけるようにそれまでに(上)を読んでしまおう。なんなら質問でもしてしまおう。

(なんなら、なんて、自由度が出ていい言葉だ。ジョークについて最近時々考えているが、「まず」とか「少なくとも」とか「とりあえず」とか、複数の中のひとつを(適当に!)選ぶ用語が出てくることに目を引かれた。)

この本を手にとっていて、ひとつの考えが生まれた。僕が言語について考えていることを体系的に書きとめておきたいという考えである。具体的な構想はそのとき降りてきたのだがすでに忘れてしまった。うまくいけばまた思い出すだろう。これは長くなるかも。


*1 いわずもがなの解説を加える。
発話の意味と文の意味を分ける。私は発話の意味を研究する。これはJohn PerryやFrancois Recanati や Tomasello の示唆する合致した方向であることはいつぞや(多分2007に)書いた。だからそれが私にとっての唯一の意味である。またはそのような作業仮説で考えている。ところが、安井稔は(当時、そして多分今でも)文の意味にこだわる。だから、意味が「言内」の意味と「言外」の意味に分離する。

言内の意味=意味論
言外の意味=語用論=cricketの考える意味





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